秋葉原通り魔事件に直面して、ドナルド動画作成者なりに考えはじめる

偶然にもそこにいた。

動画の投稿が何らかの意味がある行為だったかというとよくわからない。でも少なくとも、マスコミ報道によらない、ありのままの情報としての価値はあると思っている。
また、この投稿を批判してくる人も多いけど、この行為は私がたまたま撮影できる状況だったからやっただけのことで、たぶん次は私ではない別の増田がやること。だから私に批判してもしょうがない。ただし、情報加工や意味づけなどは新聞社や他ニュースサイト、アルファブロガたちによってなされるべきで、素人投稿者は憶測や加工までするべきではないとは思っている。


でも少しだけ言う。

世の中がいやになる時なんて誰だってある。だったら変えるための努力をするか、それがいやなら隠れて黙るかのどっちかにしてほしかった(草薙素子)。

どんな事情があったにしろ、これだけの無差別殺人を犯したのだから同情の余地は一切ない。いかなる言い訳も聞く必要ない。

だけども、猟奇的ひぐらしや恐怖ドナルドな動画を作ったりする自分は、これに正面から批判しきれるかちょっと微妙ではある。

アキハバラの事件についていじめられっこから一言いっとくか

いじめられっ子の心境から犯人像に迫る。

秋葉原通り魔事件 現場に居合わせた者の主観的記録

まさに通り魔に追っかけられた人の手記。

秋葉殺人犯が殺したかったのはオタクでは?

絶望感を阻止するには全人格的承認が必要。

加藤智大は格差社会の代弁者ではない
こういう通り魔とかに行く鬱屈した感情を適切に社会的に表現する回路に向けて水路を作ったほうが今後の通り魔を減らしたり非正規雇用の問題が改善したりすると思うんです。